としひこブログ

このブログで書きたいこと:特になし

ブログを書きました。

ああ夏だなあ、と思うと僕はCROSS†CHANNELというゲームがやりたくなります。

CROSS†CHANNELは成人向けのノベルゲーム、まぁいわゆるエロゲってやつなのですが、人が人の中で人として生きていく上で大切なことがたくさん説かれているゲームで、何回もやり直している本当に好きな作品です。人間との関わりで一度でも悩んだことがある人にはもうとにかくやってもらいたいですね。

まぁこのゲームについては語り出すと止まらなくなるのでとりあえずは割愛しますがこのゲームの中で多感な年頃のとしひこ少年を救った、というと大げさですが、心を楽にしてくれた言葉がひとつありました。

「自分のためでいい。自分のために、人を大切にして構わない。明日…少しはマシな自分になるために。」

という言葉でした。

小さい頃から人の中で生きる上で誰かにやさしくしたとき、よく見られたいだけだったんじゃないか、延いては自分のためだったんじゃないか、偽善だったんじゃないか、欺瞞だったんじゃないかとネガティヴになっていた僕にとっては想像したこともなかった肯定の言葉でした。

かくしてとしひこ少年はこの言葉を胸に刻みたまに思い出しては生きていたのですが、最初は「自分のために人を大切にして構わない」という部分を強く意識して大切にしていたこの言葉、気付けば少しずつ「明日…少しはマシな自分になるために」の部分の大切さが増していました。

20歳頃になって自分自身について悩み始め、口を開けば「もうだめだ」、「死にたい」などしか出てこなくなりつつあった僕が再び思い出したこの言葉は、自分を肯定することの大切さ、毎日「今日は昨日よりマシだった」と自分を肯定できるように生きることの大切さを気付かせてくれました。

僕のまわりには今あらゆる事情で生き辛そうにしている人たちがたくさん居るのですが、先日そのうちの1人に「どうやって僕が今のパッパラパーのバカヤロウみたいに明るくなったのか」みたいなことを聞かれました。そのときはうまく答えられなかったのですが、今思い返してみると「昨日よりマシな自分になる」ということを意識して生きていた気がします。

どんなことでもいいと思うんです。ダイエットでも、仕事でも、勉強でも、趣味でも。

何かをして「今日は昨日よりマシだったな!」と思って寝られるように、自分を肯定できるように生きていくことはとても大切だと思います。ただ何もせずにダラダラしてるだけでも本当に永続的に充足感を得られる人だったら関係ないかもしれませんが、まぁそんな人はいないでしょう。人間何かしないとダメだと思います。当時の僕は明らかにダメでも無理矢理「まぁ今週トータルで見れば今日は野菜いっぱい食べれたしギターも弾けたし先週よりマシだったな!」みたいな謎理論で自分を肯定していた気がします。

もちろんただ自分を肯定してるだけでは到底マシな人間になれる訳もないですし、実際僕が昔の自分よりマシなのかはまったくわかりませんが、生き辛そうにしてる皆さんにもっと自分を肯定して欲しいなぁ、もし肯定できないのなら僕が小一時間抱きしめて頭撫でながら肯定してやりたいくらいだよ、と思う今日この頃でした。

僕は頑張ってる皆さんが大好きです、あー僕ももっとなんかがんばんねーとなー!

おわり。